部下と上司の幸せな関係について

  • 2018年9月20日
  • 2018年10月28日
  • 仕事
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社の最も弱いところは、新卒で入社した職員への配慮のなさだと考えている。

今月もまた、一人の新入社員がリタイアした。なんにでも気がきいて、不満を言わず、責任感が強く、少し控えめな女性社員だった。

彼女は今、精神科にかかっている。

ウチの会社の新年度の始まりは、世間一般の日本企業と同様に4月である。つまり、莫大なお金と時間をかけて採用した新卒が、入社後半年も持たずに去っていってしまったということだ。

これが中小企業にとってどれだけのダメージであることか。しかもこの現象、僕が中途入社してからなんと、毎年の様に発生している。しかし、ダメージについて一番理解しているはずの経営幹部層が、何故かその事を一番理解していない節がある。僕がそう考える理由はごく単純なものだ。今回のようなリタイア案件が何度発生しても、「分析と改善」が全く行われていないからである。

もちろん、新卒がどんどん抜けるという会社は日本にゴマンとあるだろう。仕事がきつい・・、同僚とそりが合わなくて・・、理由は様々だが、弊社の職員が離脱する主な理由は「放置」である。この場合の放置とは、完全無視という意味ではなく、「課題を与えるにも関わらず、そのフォローをしない」事を指す。

課題をクリアしたかどうかすら、確認をしないのだ。これは、これまで実際に退職した後に本人からもしくは人伝に聞いた話である。「放置」は、特に責任感がある人間にとって、ある意味激務よりも辛い。何も出来ない自分への自責の念と、自分は成長出来ているのだろうかという焦り。なにせ、自分が完了した課題が正しいか、どんな意味があるかについて具体的な説明がないのだ。”考える時間がありすぎる”のも1つの要因だろう。そして会社は、ちゃんと教えたからOKだけで終わってしまっているのだ。

会社はどうすべきだったか?「仕事がきつい」は、仕事内容によってはすぐに改善できるかはわからないが、「放置しない」は少なくとも改善の余地はあるだろう。しかし、改善はいまだにされていない。なぜなら、会社側は「放置」によって退職したと認識していないからである。

いわゆる団塊の世代にとっては、ノルマの“詰め”などではなく「放置」“なんか”で精神に問題を抱えるということ自体が信じられない話なのだろう。むしろ“詰め”ない為に「放置」という手段を採っているかもしれない。しかしここまで短期での退職が続けば、本来なら「5年続けて新入社員が半年で退社してしまった。原因はなんなのだろうか。研修制度に問題は?配属された課は?上長は誰だ?来年からは、受け入れ方を変えるべきだ。」という議論があってしかるべきだし、そうすれば逆効果になっていると気づく可能性もあっただろう。しかし、現状そういった話は挙がっていない。理由はわからない。

新入社員からある日突然、上司宛に一本の電話、もしくは一通のメールが入る。「すいません・・ちょっと体調が悪いので”少しの間”お休みを頂けませんか・・」。こういった申し出を受けた場合、弊社の大多数の反応はこうだ。「おや、それは大変だ。無理をしなくていいから休みなさい。もしよかったら”病院”を紹介するから」。この場合の病院とは言うまでもなく精神科クリニックのことだ。ルーティンの中に精神科紹介までが含まれている、よく考えなくても恐ろしい話だ。そして、電話を受けた上長の周りはこう嘯く。

「あーやっぱり今年も半年持たなかったかー。」

「まぁでも、しょうがないよねー・・。」

これで、終わりである。

それぞれは日常業務に戻り、たまに思い出したかのように「そういえば〇〇さん、大丈夫かなー」とひそひそと話して、この話はなかったことにされる。そして、また懲りずに今年もまた秋から採用活動を再開するだろう。もちろんこのどこか他人事の対応は、件の上司にいたっても同様だ。全く意味も理由もわからないのだが、なぜか自分とは関係のない事として「しょうがない」で話を終わらせるのである。その様はまるで「これも本人の資質によるものだから」とでも言いたげで、「自分に責任はない」とアピールするようでもある。そして、その上司のさらに上、そのまた上、果ては社長に報告が上がったとしても、上司に特に何もお咎めはない。実際に会社のルールの上で「責任がない」のだ。もちろん「上司のせいで精神が病みました」という類の訴えがあれば話は別なのだが、”特に理由も言わずひっそりと消えていく新入社員”については、なんと、誰も責任をとらなくていいというルールが弊社にはあるらしい。誰も、とらなくていい責任を負ったりはしない。

「突然新卒が消えても責任をとらなくていい」とわかっていれば、そもそも対応が雑になる、放置することだって簡単に起こりうるだろう。新入社員の経験は誰しもあるだろうが、少なくとも一年間は「わからないことだらけ」というのが普通だ。(余程優秀な人間を除く)そんな中、何もわからないまま手探りで進み続けることの苦しさを誰かが理解しようとしたか。そして誰も理解しようとしないことを誰かが咎めたか。

「考えが甘い。赤子じゃあるまいし、1から10まで面倒を見なければいけないのか」と仰る御仁もいらっしゃるのだろうが、そもそも時代が違う。これは新入社員の変遷を見るにつれ、年々よりはっきりと感じるようになった。僕が新入社員であった10数年前、当時の「僕ら」と今の「彼ら」は、明らかに性質が違う。仕事とプライベートの比重や、仕事観の話である。今の若者は、真面目で堅実だ。「他人を蹴落としてでも出世する」、「激務に耐えてでも、スキルアップして給料を上げる」という感性は希薄に感じる。重要なことは「自分の生活を守ること」だし、「他者と同様に、当たり前に社会に参加すること」が、ある種ひとつのゴールになっている。「放置」によって社会に参加できていない事実が、彼らを苦しめている。

ただ一つ、会社側の言い訳として、言い換えれば「放置」に関する要因として、「業界の特殊性」がある。

僕の所属する業界は昔から「職員一人一人が個人事業主」という認識を暗黙の内に共有している。もちろん組織体として上司、部下、同僚というくくりで形作られてはいるが、実際問題「チームで仕事をする」、ということがあまりない。自分一人で営業からサービス対応、事務作業、スケジュール管理、経費管理まで完結する(できる)ので、それぞれが経営者に近いという点では、あながち的外れでもない。実際に人によって残業時間が多い月にかなりバラつきがあるし、隣の席の同僚が22時まで仕事をしていることを知っているのを知りながらも、自分は17時に帰宅、という事態も頻繁に起こる。生命保険の外交員などが近いイメージかもしれない。しかし、もちろん新入社員はまだ「個人事業主」ではなく、一人では何もできないので、1年から2年の間、研修をする。税法の話からビジネスマナーの話、業務手順、会社の内規について等、様々だ。会社の仕組みとして研修制度はあるので、「全く放置する」という話ではないのは確かである。しかし、前提として上司、先輩社員は意識が「個人事業主」なので、新入社員という「新たに生まれた他の事業主」に関わる意識は希薄になりがちだ。自分の管理で手いっぱいになりやすい。

当然のことだが、2年で経営者になれと言っているのだから、覚えることは大量にある。その最中、先輩社員にアドバイスをもらいたくても、彼らはいつもどこか忙しそうで、自分に構っている暇はないように思える。

次々と降ってくる課題、難題を自分の中で咀嚼しきれないまま、それでも絶え間なく口に物を放り込まれているような状態である。しかも咀嚼しなければいけないものは「勉強」だけでなく、「社会人としての振る舞い」という全く見たことも聞いたこともないものが含まれる。同期社員と物凄く気が合って、同期の結束が固い、という場合はお互いが励まし合って乗り越えられるかもしれないが、そうでなかった場合、新卒は「全く新しい社会」においての孤独を、一人で乗り越えなければならなくなる。いつしか整理しきれなくなって、パンクしてしまうことは不自然な事ではない。

上司の仕事は、整理してあげる事だと思っている。食べなければいけないものを減らすことはできない。それは最低限必要なものだから。しかし、「これはフォークを使って食べなさい」、「これとこれはこの順番で食べなさい」、「これはもう食べた?」と教えてあげなければ、そもそも彼らはそれを食べ物だとすら知らないのだ。にも関わらず、周りを見渡すと時間がないことを言い訳に、「俺の食事の仕方を見ろ」とばかりに、自分の食事だけを黙々と続ける上司が多い。人によって食べ方や食べるスピードは違う事を考慮できず、ただ「真似すればいいのに何故しない?」と、困惑している。あなたは20年前、今の食べ方が出来たのだろうか。

過保護?上等じゃないか。それこそ赤子の成長を待つように、いつか手を放す過程をあらかじめ順を追って説明し、その順番に沿って馴らしていってあげたらいいだけの話だ。少なくとも平成の後期に新たに社会に出てくる彼らを見るにつれ、必要とされるのはそういった対応なのだと改めて感じる。そしてその時代の変遷はきっと、一様に悪いことばかりではない。イノベーションは、いつだって時代の変化と、変化に順応する新人類によって作られてきたからだ。グラハム・ベルは、ビル・ゲイツの登場を予言出来ない。

会社側が何もしないのであれば、直接の上長が自ら気を回して新入社員の整理を手伝ってあげる他ない。僕は部下をもって3年になるが、現在のところ一度も離脱者を出したことはない。これから先も出さない、などとは口が裂けても言えないが、少なくとも自分の部下が退社する時、「なんで辞めてしまうのか理由がわからない」という事態だけは避けたいと思っている。それが上司としての責任だと、勝手に考えているからだ。勝手に、というのは「会社が指示していない」ことに対する皮肉である。

あれこれと脱線し、あたかも賢者の様にここまで語ってきたが、確かに、完全な正解のない話では、ある。

当然ながら、新入社員の方にも落ち度が全くないとは言えない。

 

ただそれでも最後に、一つだけ自分の素直な気持ちを伝えられるのなら。

大切な新社会人としての第一歩を、こんな形で終わらせてしまって申し訳ない。「いつか自分がこの会社を変えるから」、などという甲斐性は全くないのがひどく情けないのだけれど、素直に謝りたい。

部署は違えど、おそらくもう少し手伝ってあげられることは、きっとあったと思う。責任感が強く、自分を責めやすいタイプだという認識もかなり前からあった。それにもかかわらず、結局は僕も、他部署に口を出すことによる社内の軋轢や自分の立場の保守を気にして何もしていない、傍観者の一員であったことは、紛れもない事実だから。

こんな場所にツラツラと愚痴を吐くだけで、それこそ決して本人に届くことのない、姑息なメッセージかもしれないが、これが僕の素直な気持ちであり、伝えたい事だ。

 

あなたが無事に「社会」に戻って、新しい活躍の場に巡り合えることを、祈っています。

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