10年前の話をしたい。
当時から非モテ、非モテでブイブイ言わせていた僕だったが、ただひとり、異性の友人と呼べる方がいた。
僕とは同い年で、とある食事会で知り合って以来数年の付き合いになる、美しい女性だった。
本名を晒すわけにはいかないので、便宜上ここでは「ギ↓ド↓ラ↑さん」と呼ぶ。
そんな「ギドラさん」と遊ぶ約束をしていた「とある日の事」を、今でも僕は克明に記憶している。
今日は、その「約束の日:5月16日」についてお話しよう。
本編
その日は、昔からの知人である、ギドラさんと飲みに行く約束の日でした。
弊社は土曜出勤の日は基本的に半ドンなんですけど、その日はお客様のトコによってからじゃないと帰れなかったので、なんと家についたのは6時50分でした。
約束の時間は7時です。僕の家から待ち合わせの場所までは30分かかります。
…なにかがおかしい…。狂ってる…。
まあどう考えても遅刻なんですが、なんとなくの直感で、
「多少遅れて出発したとしても、特に理由もなく地下鉄がポテンシャルを120%発揮して待ち合わせ時間には案外間に合うのでは・・・?!!!?」
と思い込んだ僕は、普通に着替えて、なんならちょっとした用事を済ませてから行きました。
結果から言うと普通に30分ほど遅れました。
まあ、僕が遅刻するというのは結構普通っていうか、この春超マストな感じなので、きっと許してくれるに決まっています。
しかし待ち合わせ場所に現れた僕を待っていたのは、鬼の形相のギドラさんでした。これは予想外です。
ギドラさんはまず、僕の横面に張り手一発。ついでに安全靴を履いての胴回し回転蹴り一発で許してくれました。なんていい人なんだろう。
その後、側頭部から血をダラダラ流しながらギドラさんについて行くと、目的の飲食店に着きました。
血を流しすぎた為か途中何度も意識を失いかけましたが、その都度僕が脳内に飼っている松岡修造が
「がんばれ!負けるな!なんで倒れるんだ!?!」と応援してくれたので、何とか前へ前へと歩を進めることができたんです。
ありがとう松岡。
入店後、ギドラさんが店に入るなり力にものを言わせて店員に土下座をさせているのを横目に、僕は「おお怖い。関わらない様にしよう」とブツブツ独り言を呟きながら、その辺の席に勝手に座りました。
しかし店員的には僕の座り方が気にいらなかったらしく、まずはご挨拶と言わんばかりに、おもむろにビール瓶で後頭部を強打されたのです。
「な、な!!?」
僕が驚いて振り返ると、店員は僕の方には一瞥もくれず瓶だけをしげしげと眺めながら
「あれー?おっかしーなー??何で映画みたいに割れないんだろー????」
と一人でブツブツ呟いていました。
おそらくは毒性の高いキノコかなにかを食べているんでしょう。とにかく一体全体どういう事か全く意味がわかりませんが、関わらない方がいいという事だけはわかったので、僕は新しく包帯を巻き直し何もなかったフリをしました。
「お待たせ毒虫♥」
どうやらギドラさんは店員を蹴り転がすのに飽きたらしく、ようやく席に着く気になったようでした。
いつのまにか彼女の右手には僕が見たこともない程の札束が握られていましたが、ここでも僕は見て見ぬフリを決め込むことにしました。
感の悪い僕でも、さすがにアレは汚れた金だと察する事ができたからです・・・!!
そして飲み物が運ばれてくると、彼女は煙草はテーブルに思い切り押し付け、突如こう切り出しました。
「で、どうなのアンタ??最近」
「な、なにが??」
その刹那、彼女が持っていたビールジョッキが、天空から僕の頭蓋に叩き落とされました。
ガシャンとかなり大きい音をたてたはずなのに、店員はおろか他の客も誰も見向きもしません。
僕はすぐに気づきました。この店全体が治外法権であり、彼女の行為はどんな悪辣なものも全て許容され自分の身は自分で守るしかないという事に。
「なにがですか?…でしょ??」
そう言って微笑んだ彼女の表情はなぜか、恐ろしい程の美しさをたたえていました。
「あ……な、なにが…、ですか?」
「あんた確か生物学上はヒト科のオスよね?こっちの方はどうなの?」
・・・・????
彼女はなにかキーボードを叩くような仕草をしています。
「え・・・? あ、し、仕事の事かな??」
ガシャンッ
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
熱々の中華あんが入った皿を顔面に叩きつけられた僕は、熱さと痛さで逆に頭が冴え、ありがたいとさえ思うようになっていました。
もちろん中華あん入りの焼きそばなど注文した記憶はありません。
「仕事???あんたニートでしょ!?「こっち」って言ったらエロゲに決まってんでしょ!??馬鹿じゃないの!!??」
「え、エ口ゲ???!!?」
「どうせあんたみたいなキモ☆オタは三次元の女には相手にされないだろうから、いつも二次元に逃げ込んでんでしょ!!?キモッ!!」
僕の答えを聞く前から彼女の返答は「おまえにキモいと告げる」に決まっていたようです。
反論がないこともなかったのですが、これ以上殴打されると失血死してしまうと考えた僕は、愛想笑いを浮かべ否定も肯定もせずにこのままやりすごそうと思っていました。
しかし―
シュ-・・・
「オベッ!!!?!」
突如どこかから飛んできたサッカーボールが、僕の右の頬を直撃しました。
「な!?え!???」
振り返るとそこにはなんとサッカー元日本代表の柳沢選手の姿が!!
「き、急にボールが来たので…」
それだけ言うと、彼はブラジル体操をしながら店を後にしました。
誰からどの角度で急にボールが来たら僕の顔面にボールが直撃するかは皆目検討がつきませんが、もう僕はこの店で起こること全てに疑問を持ってはいけないと分かっていたので、考えるのをやめました。
そしてふと正面を見ると、ありえないくらい体をえびぞりにして爆笑しているギドラさんの姿が目に入りました。
「ちょwwww鬼ウケるんですけどwww」
どうやら彼女のご機嫌が取れたようなので、逆に柳沢には感謝の気持ちしかありません。
「こ、困るよねあーゆうの…ハハ…」
そう言って僕が煙草に火をつけようとした次の瞬間、横から店員がガスバーナーで僕の前髪を丸焦げにしていました。
「くぁwせdfrgthyひゅじk!!!!!!!」
「おい、ギドラさんにタメ口きくんじゃねーよ。カス。」
転げまわる僕に唾を吐き、バックルームに戻る店員。アレはおそらく最初にギドラさんに土下座させられていた店員だと思います。
「ワロスwwwwwテラワロスwwwwww」
さらに爆笑しながらイナバウアーの比では無いほど反っていくギドラさんの体を見て、僕は人体の神秘の一端を見た気がしました。
そんな神秘に魅せられながらも、この時点で完全にHPが黄色になっていた僕は、これ以上ここにいたら赤になってまた教会からスタートになってしまうと考え、とにかくここから脱出しようと試みたのでした。
「ギドラさん…あの、僕、そろそろ公文式にいk」ガシャンッ
予想通りというかなんというか、いつの間にかテーブルに運ばれてきていたビール瓶でしたたかに横面を強打された僕は、そのまま気を失ってしまいました。
さらに予想の通り、僕は気がつくと教会にいて、無事持ち金は半分となってしまっていました。
そしてなんか神父の格好をしたハゲに「死んでしまうとは情けない」みたいな小言を言われ、落ち込みながら僕は教会を後にしたのです。
そこで、ふと時計を見ると、時刻は6時50分。日付は5月16日となっていました。
そうだ、僕は今日これから、ギドラさんと約束があったんだ ―――
――― 終わりの無いのが終わり・・・ それが ゴールドエクスペリエンス・レクイエム ―――
今でも僕は「5月16日」から出られません。どなたかどうかこの事実を、スピードワゴン財団に・・・