なぜ米津玄師は名曲を生み出し続けられるのか。TEENAGE RIOTの歌詞から読み解く、音楽の源流

 

2018年の第60回レコード大賞で、米津玄師の「BOOTLEG」が最優秀アルバム賞を受賞した。

 

名実ともにトップアーティストとなった米津玄師。

彼は2018年10月、「Flamingo/TEENAGE RIOT」を発表した。

「TEENAGE RIOT」の歌詞には、彼のアーティストとしての原体験が詰まっている。

この記事では、「TEENAGE RIOT」の歌詞とメディアでのインタビューから、彼がどのようにして「米津玄師」になったのか。考察する。

ただし勿論、この話も前回の記事と同様に、単なる僕の妄想1の話。

米津玄師はどこから来たのか?

彼にはいくつもの才能がある。と、上記の記事で書いた。
では、米津玄師が素晴らしい音楽を生み出してきたのは、生まれ持った才能によるもの。ただそれだけだったのだろうか。

これも違う。

彼のアーティストとしての源流は、彼が過ごした少年時代の「葛藤」にある。

もう少し詳しく言うとすれば、彼が少年時代に自分を”敗者”と定義したことが、全ての始まりだ。

「定義」の話の前にまず。彼のプロフィールに触れておきたい。

「米津玄師」

 

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生まれは1991年3月。この記事を書いている時点で27歳。徳島県出身。

幼少期から絵を描くのが得意で、これは両親の影響と本人は語っている。

そして、彼の運命を変える「音楽との出会い」は小学5年生の頃だった。

「出会い」について、詳しくは後述する。

マルファン症候群と、繰り返される自己否定

彼は、共同生活が苦手な少年だった。

そして自身に社会性がないことについて、自問自答する日々を送る。

「周りに溶け込めないのは、俺がおかしいのか、周りがおかしいのか」

基本的には自己肯定感みたいなものはほとんどなかったですね。自分は落伍者だと思っていたので。社会的な、みんながやれてしかるべきことをすることが全然できない。

― 「HIGHSNOBIETY JAPAN」より引用

葛藤の中でいつしか彼は悲観し、渇望する。「周りに溶け込みたい」。「人に認められたい」。と

また、ツイッタ―上で一部のフォロワーから「米津玄師はマルファン症候群ではないか」という指摘があり、これを聞いた彼自身、腑に落ちたとの感想を述べている。

マルファン症候群
骨格や臓器に様々な症状が出る遺伝子疾患のこと。見た目の特徴として、高身長や手足が長いこと、背骨が曲がっていることなどが挙げられる。

こういった症状、特徴をもってして

「これは自分だ。これまでなんとなく感じていた違和感に名前がついて、スッキリした」

と事もなげに言い切ってしまう米津玄師。

彼が幼少期からどれだけ「自分が人と違う」と感じ続けてきたのか、窺い知れるエピソードだ。

敗者としての自分「LOSER」

周りに上手く馴染めない自分。普通でない自分を、”敗者”であると、彼は自ら定義する。

人と違うことは、彼にとって「カッコいいこと」では決してなかった。

この曲はまさに、彼が胸の内に抱える自己嫌悪や同族嫌悪をストレートに表した曲になっている。

不安、焦り、そして自分への失望。

しかし、物語は絶望だけでは終わらない。

馴染めない社会に対して、「自分の殻に閉じこもっていたい」という諦め、そしてその感情と相反する

「閉じた世界ではない、広い世界へ行きたい」

という切なる願い。それは彼がいつか、”ポケットに隠した声”。

TEENAGE RIOT|歌詞と概略

ここで本題に入る前に一度、「TEENAGE  RIOT」の歌詞を紹介する。

潮溜まりで野垂れ死ぬんだ 勇ましい背伸びの果てのメンソール
ワゴンで二足半額のコンバース トワイライト匂い出すメロディー

今サイコロ振るように日々を生きて ニタニタ笑う意味はあるか
誰も興味がないそのGコードを 君はひどく愛していたんだ

煩わしい心すら いつかは全て灰になるのなら
その花びらを瓶に詰め込んで火を放て 今ここで
誰より強く願えば そのまま遠く雷鳴に飛び込んで
歌えるさ カスみたいな だけど確かな バースデイソング

しみったれたツラが似合うダークホース 不貞腐れて開けた壁の穴
あの時言えなかった三文字 ブラスバンド鳴らし出すメロディー

真面目でもないのに賢しい顔で ニヒリスト気取ってグルーミー
誰 も聴いちゃいないそのDコードを それでもただ信じていたんだ

よーいどんで鳴る銃の音を いつの間にか聞き逃していた
地獄の奥底にタッチして走り出せ 今すぐに
誰より独りでいるなら 誰より誰かに届く歌を
歌えるさ 間の抜けた だけど確かな バースデイソング

持て余して放り出した叫び声は 取るに足らない言葉ばかりが並ぶ蚤の市にまた並んで行く
茶化されて汚されて恥辱の果て辿り着いた場所はどこだ
何度だって歌ってしまうよ どこにも行けないんだと だからこそあなたに会いたいんだと 今

煩わしい心すら いつかは全て灰になるのなら
その花びらを瓶に詰め込んで火を放て 今ここで
誰より強く願えば そのまま遠く雷鳴に飛び込んで
歌えるさ カスみたいな だけど確かな バースデイソング

一言でいえばこの曲は、鬱屈とした思いを抱えていた少年時代の、自分を描きだした曲である。

つまり歌詞の中に何度か登場する「君」とは、少年時代の米津玄師自身のことだ。

周りにおいて行かれたと感じ、学校という社会にどこか馴染めない落伍者である自分。
しかし自分はダークホース。ただの負け犬で終わりはしない。

今は誰にも届かなくても。音楽でいつか、全てをひっくり返してやる。

これは、新しい自分の誕生を祝う曲だ。

そんな絶望と反攻のメッセージが含まれたこの楽曲は、まさに米津玄師の少年時代そのままを表した曲と言えるだろう。

そしてこの「憤り」こそが、彼の音楽を生み出す源流とも言える。

米津玄師が生み出す名曲と、少年時代の葛藤

今、彼は音楽を通じて時代の勝者となった。

しかしそれは、”敗者”だった少年時代が無ければ、決して成り立たないものだっただろう。

簡潔に言えば、彼は何年もの間、誰よりも「音楽」に執着した。そうせざるを得なかった。という表現が正しいかもしれない。

 

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鬱屈とした気持ちを表現する手段としての「音楽」

自分は普通になりたいのに、どこかがおかしい。自分だけスタートラインが違う。いつから周りに置いていかれてしまったのか。

彼は社会と自分へのフラストレーションを抱えたまま、学生時代を過ごしていた。

しかし、米津玄師が現代に生まれたのは、彼にとって何よりの幸運だった。

何故なら現代には、「インターネット」があったからである。

彼がインターネットで「それ」に出会ったのは小学5年生の時だった。
インターネット上で流れる「BUMP OF CHICKEN」のMADに酔いしれ、「音楽と出会った」のだ。

MAD = 動画や音声を編集、改編し新たな意味を付加された二次創作物のこと。

音楽は彼を虜にした。音楽が伝える強烈なメッセージ。社会への反抗。

メッセージを受け取った彼は、”敗者”こそが、音楽をすべきだと強く思った。

そして彼は、自らも音楽を作り始める。焦がれた人達と、同じ場所へ辿り着くために。

認められる事への執着心

「周りに溶け込みたい」とはつまり、社会の一員でありたいと願うことであり、人に認められたいと思うことである。

彼には絵と音楽があり、その二つが絶妙にマッチした「ニコニコ動画」と「ボーカロイド」というプラットフォームがあった。

彼のインプットとアウトプットは、そのほとんど全てをインターネットが可能にしてくれていた。

彼は時間を忘れて、ひたすら自身の世界を作り上げていく。

最初は否定され、罵倒され、相手にもされなかった。

しかし、彼は「自分」は信じきれなくとも、「自分の音楽」を疑ったことはなかった。

「わかっていないのは、あいつらの方だ」。

自己否定と自己肯定の二面性

しばらくして「ニコニコ動画」でボカロP「ハチ」がブレイク。

社会からはじかれた自分が、ついに社会に認められた。社会からの「承認」は、その助走期間が長ければ長いほど、莫大なカタルシスを得られるものだったはずだ。

自分の音楽の美しさを、彼は証明してみせたのである。

しかし、一つの成功を得ても、自分には未だ”敗者”としての認識は消えていない。

この頃から、彼の中には相反する二つの感情が生まれる。

「自分は社会の不適合者であり、無敵の表現者でもある。」

米津玄師は自身が「唯一無二」では無いことを誰よりも自覚している

彼が自身を「無敵の表現者」にして「敗者である」という、矛盾した思いを抱えるのには理由がある。

そしてそれこそが、彼が常にイノベーションを起こし続け、新たな挑戦をし続ける理由でもあるのだ。

彼はおそらく、自身が絶対的な芸術家だとは認識していない。

そしてそのことから、彼はいつも「危機感」を持っている。

同じ場所に居続ければ、いつか誰かに取って代わられるのではないか、と本能的に感じ取っているのかもしれない。

いつまた敗者になるかわからないという危機感が、彼を進化に誘い、新たなモチベーションを呼び起こし続けているのである。

そう感じる根拠をいくつか挙げる。

「オリジナリティー」の否定

音は基本的に全部、サンプリングのトラックで成り立っていて。俺はオリジナリティー信仰みたいなものが嫌いなんですよ。

― 「Real Sound」より引用

サンプリングされたトラックの組み合わせで成立している、ということはつまり、再現性が高いということだ。

不特定多数の第三者が容易に「再現」できてしまう。クオリティがどうか、という話は別として。

他にも、彼は「音楽はフォーマットだ」と言い切る。

彼自身、莫大な時間をかけて過去の音楽を分析し、自分の血肉にして音楽を作ってきた。

そして彼には0を1にするアーティスティックな才能よりも、1を100に変えていく作業を「積み重ねる」才能があった。

しかし、フォーマットがあるということはつまり、流用できるということ。

0を1にすることが、本物の芸術であるとするならば。

「自分以外の誰か」にとっても、本物の芸術性など持ってなくても作曲はできる。彼は、そう考えている。

「他の才能」より、早く

米津玄師は各雑誌のインタビューで、「自分と同じような活動をしている人間に先に世に出られたら困るから、早く世に出なければならないと思っていた」と語る。

これはビジネスの基本とも言える「先行者利益」を理解した上での、ある意味で人間らしい打算である。

もし自分と同じスタンスで活動をする人間がいれば、「クオリティだけで圧倒的な差をつけられるのか」と自分自身に問いかけているのだ。

これは彼の弱さでもある、しかし弱さを認識していることは、彼の最大の強みでもあるのだ。

変化の肯定、「らしさ」の否定

米津玄師は変化を厭わない。

本物の芸術家ならば、おそらく自分がやりたくないことは、意地でもやらない。新しい分野に踏み出さず、一つの世界を延々と掘りつづけるだろう。

「彼ら」の意志に周囲の評価は介在しない。誰かに認められる必要などない。自分が望んだ世界を作り続けるだけだ。

しかし米津玄師は違う。才能の多様性についての記事で述べたように、彼は「見せ方」も常に考えている。

彼はきっと、今よりもっと高い頂きに手をかけた時にも、新たな挑戦を、変化を止めない。

理由は一つ。彼は、「認められなければならない。」

総論:米津玄師の音楽の始まりと「続き」

 

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彼の音楽の源流は、その音楽を作り続ける才能と共に、彼が過ごした少年時代のネガティブな思考によるものが大きかった。

そして現在、彼が進化を続けるのは、”敗者”に戻りたくないという危機感によるところが大きい。

彼は、これからも自分の音楽をアップデートし続ける。

殻を破って、「米津玄師らしさ」は無視して、変わり続ける。

これからも、誰にも似てない、誰も追い付けないアーティストで居続ける為に。

そして「米津玄師」を、彼自身が、認めてあげる為に。

最後に

「米津玄師は今がピークだ」と、この先何人もの人たちがささやき続けるだろう。

人は、他の誰かの衰退を願う生き物だから。

だが、彼が自身を”敗者”であると捉え、変わり続ける限りストーリーに終わりはない。

もし、終わるときが来るとすれば、きっとそれは

彼が幼い頃に抱いていた反骨心を失くし、自分を「人生の勝者」であると認識してしまった時だろう。

彼の行動原理、エネルギーの源は、社会からの疎外感であり、承認欲求なのだから。

それを踏まえ、これからも彼の輝きを見続けていたいファンの一人として、仮にもし一つだけ彼に伝えられるならば。

僕ならこう願う。

 

米津玄師、あなたの「TEENAGE RIOT」をどうかこれからも、忘れないで欲しい。 

 

おわり

脚注

  1. とても重要。
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