僕 の ポ リ シー

【米津玄師がなぜ売れたか?】「lemon」発表から考える、才能の多様性。

津玄師は、なぜここまで売れたのだろうか?

米津玄師はアーティストとして、それこそほんのちょっと前までは「サブカル界の新星」の様な扱いだった。と思う。

少なくとも僕の周りの同世代の人間で、「米津玄師」という名前を知っている者はいなかった。

それがこの数年の間に、いつの間にやら「年間ベストアーティスト」の様な扱いを受けるまでになった。

彼は今やサブカルチャーという枠を飛び越えて、現代のJ-POP界全体のアイコンである。

 

最も大きなきっかけはなんだったか。

おそらく本当に米津玄師が世に知られる、つまりは僕のようなおっさん世代にまで認知されるきっかけになったのは、この曲だろう。

本人もインタビューで下記の通り語っている。

ハッシュタグでドラマの感想を見ていると、主題歌『Lemon』に言及してくれている人も多く、この曲をきっかけに初めて米津玄師の名前を知った人へも届いている手応えがあります。

-BuzzFeed インタビューより

2018年1月から放送されたテレビドラマ「アンナチュラル」の主題歌タイアップとなったこの曲。

ドラマと歌詞の内容がリンクし、なおかつ、ドラマの演出上でも本当にいいところで流れるので、多くの視聴者の反響を呼んだ。


どこからどう聴いても、いわゆる「王道」の名曲だ。

では米津玄師は、ただ”メジャー路線”のいい曲を書いて、タイアップがついたから売れたのだろうか?

それは違う。

この記事では、米津玄師の「魅力」と、ひいては何故彼がここまで世間に認知されるようになったか。

僕の考えを一方的に、妄想チック*1に語る。

ちなみに、僕が米津玄師を知ったのは「フローライト」(2015年)という曲からだったので、紛れもない【米津玄師ビギナー】である。

つまりこれは、初心者の妄想話。

米津玄師の最も豊かな才能

結論から言うと、米津玄師の最も素晴らしい才能は、自身の見せ方も含めた「自己プロデュース力」であると思う。

要するに、「売れる」為に、自身の能力を「広告」する才能だ。

「は?いやちげーし。米津の良さは、そういう商業的なとこじゃなく、芸術性だから。」

という意見がもしかしたら多数派かもしれないが、ここは僕のウェッブサイトなのでご容赦を。

きちんと根拠について説明する。

「自分」を出す順番の話

知っている人も多いと思うが、「米津玄師」として世に出る前、彼はいわゆる"ボカロP"だった。

ボカロP
音声合成ソフトのVOCALOID(ボーカロイド)を活用し、楽曲等を作る人。主にニコニコ動画で一大ブームを巻き起こした。

「米津玄師」としてデビューする数年前、彼はボカロP「ハチ」として、ニコニコ動画で2008年頃から既に作品を発表している。

きっと現在の米津玄師ファンの方の多くは、「ハチ」として彼を初めて認識したのではないだろうか。

そして「ハチ」としての作品で"好評価"を得た彼は2012年、満を持して「米津玄師」名義でデビュー。

デビュー時に発表したアルバム「diorama」は、インディーズレーベルから発売されたデビューアルバムであるにも関わらず、オリコン最高6位を獲得している。


dhiorama 収録「ゴーゴー幽霊船」)

この「成功」は、もちろん偶然でもなく、単に作品のクオリティが高いというだけの話ではない。

この時点で既に、彼はいくつもの仕掛けをしている。

才能を「一つずつ、順番に」知らせるという仕掛けを。

才能の多様性

「一つずつ」や「順番」についての詳しい話をする前に、彼の才能の多様性について先に話したい。

あなたは、「米津玄師」の才能を、どれ程知っているだろうか?

1.芸術性

イラストレーターとしての彼の芸術性を、簡単に確認する方法がある。

今より少し前のミュージックビデオ(MV)のいくつかを観ることだ。実写ではなく、イラストやアニメーションのような作品が多いと気付かれると思う。

これらはほぼ全て、彼自身が描いている。

先ほどの「ゴーゴー幽霊船」も、もちろん彼自身が作画しているもの。

また最近ではMVの作画こそ見なくなったものの、ジャケットのイラストは未だに彼自身が手掛けていて、ツイッタ―上ではたまに自身が描いたイラストが上がることがある。

 

2.ダンス

百聞は一見にしかず。

僕が、最初にこのMVを観た時に湧いてきた感情は、驚きや動揺という類のものだった。

少なくとも賞賛や感動でない事は確かである。

人はあまりに予想外の事を目にすると、ポジティブな感想が浮かんでこないらしい。

ちなみにこの「LOSER」における振付師 辻本知彦氏は、米津玄師の踊りについてこう評している。

「彼の踊り方は万人に一人の芸術性を持っている。・・(中略)彼は踊りの天才だ!!」

この辻本氏という人物は、あのシルク・ドゥ・ソレイユに初めて日本人男性ダンサーとして起用された、正真正銘、一流のプロダンサーだ。

その辻本氏をして、天才といわしめる米津玄師。普段ほとんど運動をしないという設定はどうした。

3.文章

実は彼は文才もある。「そろそろ勘弁してくれ」と思う方もいらっしゃるかもしれないが、もう少しなので我慢して欲しい。


ツイッタ―もそうだが、現在でもブログは継続していて、その内容は歌詞の世界観に似て、普遍的な世の中の事実や不条理などを、彼独自の表現で飄々と綴っている。

まだ少しわかりづらいかもしれないので、ブログの中で、僕が好きな一文を引用しておく。

自由ってのは基本的に何かと何かの隙間にしかないもので、岩の裏に住む日陰のダンゴムシにとって、歯車が正常に機能し始めるまでのわずかな深夜の隙間だけが、外に這い出すことを許されるフィーバータイム。

ちょっとなに言ってるかわからない。ようで、わかる。

米津玄師 公式ブログ

4.楽曲の振れ幅

とにかく振れ幅がものすごい。

「ザ・J-POP」と「ザ・米津玄師」という曲の間隔が、東京ドーム3個分くらいは離れている。

『いや、「ザ・米津玄師」の曲ってどんなんだよ』という話になるのかもしれないので、3行でまとめると

  • すさまじい早さで打ち込みサウンド連打
  • 声の加工が全盛期のマッキー並み
  • ドラムがドンシャン言ってる

こんな感じの曲。うん、わかりづらい。

えーと、曲の流れで言うと、ズダダ↑ダダ↓(ドンッドンッドンッ)ダダッ!!!ピタッ ス-ッズ↑ダダ↓ダダ↑ダダ↓ダッ(ドンッドンッドンッ)!!!!みたいな。

やべえ。よりわかりづらくなった。

はい、すいません。ちゃんと「ザ・米津玄師」の曲、用意しております。

ちなみに、「ザ・J-POP」の曲はなんとなく想像つくと思うが、タイトルにも入れている楽曲「lemon」、アニメタイアップの「ピースサイン」など。

商業的に拡散される曲を求められている場合、きちんと”それ用”の楽曲を最高クオリティで用意できるし、するのだ。

そこの妙なアーティスト風の変化球は介在させない。

米津玄師の甘い罠

話は二つ前の章に戻る。

ファンやリスナーは皆、米津玄師の魔法にかけられている。

それは、「ミステリアス」という甘い罠。

才能は一度に魅せない

「ハチ」の楽曲から米津玄師に出会ったあなたの「発見の過程」はこうだ。

  • 出会い
    「ハチ」は楽曲制作の天才だ
    ボカロP時代
  • 発見①
    「ハチ」は絵も描けるのか
    MVの作画が自身の手によるものと知る
  • 発見②
    「ハチ」は声もいい!
    「米津玄師」名義へ
  • 発見③
    米津玄師はダンスも上手い!
    「LOSER」で披露
  • 発見④
    米津玄師はこんな曲も書けるのか!
    「ピースサイン」、「lemon」等の楽曲制作

彼のブログまでチェックしていた場合、これに「文章力の発見」も加わる。恐ろしい。

まさに「常に"発見をさせる"天才」だ。

しかも彼の才能の内、「楽曲の振れ幅」以外は現在のところ、ほとんど姿を見せない。

MV作画はほぼなくなってしまったし、ダンスは「LOSER」一度きり。ブログも更新頻度は数か月に一度だけだ。

ただ、見せてはいないが、できることは皆が知っている。

 

ここまで順番に、一つずつ、彼が見せたからだ。

 

この「ほとんど見せない」ことと「一度に全て見せない」ことがとても重要で、リスナー・ファンは自然と「米津玄師は未だ謎が多い人物」、「実はまだ秘めた才能があるんじゃないか」と想像する。

これにより、いつまでも彼に対する「飽き」がこない。目が離せない。

「謎が多いこと」=「底を見せないこと」は、アーティストにとってとても重要で、メリットしかないことなのである。

米津玄師は飽きられない

一般的に「サブカル層」は、”好意を抱いている対象”がメジャーになりすぎると、離れていってしまうことが多い。

しかし、スタートはサブカル層から支持を得てきた米津玄師が、不思議なことに”ド”メジャーになった今も、当時のファンは実はあまり離れていない。

これは彼の「自己プロデュース力」により、ファンが「まだまだ新しい彼を見られる」と期待しているからだ。

疑っているといってもいい。

彼が「新しい1面を見せ続けてくれる可能性がある」と思っているのである。

 

最近では、他のアーティストとコラボレーションする楽曲も目立つ。

本人の言。

ようやく最近になって、いただいたオファーやコラボをうまく形にできるだけの、自分の音楽に取り入れられるだけの力がついてきた感覚です。

-BuzzFeed インタビューより

これもまた、彼の「新しい一面」と言えるだろう。

そして、「力がついてきた」と本人が言っている通り、彼は元から持っているものをただ順番に出しているだけではない。

「次の自分」を見せ続ける為に、日々「進化の準備」をしているのだ。

「メジャー」と「サブカル」、それぞれで頂点へ

「サブカル」時代のファンがいまだにフォローを続けている為、いまだに彼を「サブカル枠」に置いているファンは多い。

そしてサブカルのようなコアなファン層は、いつだって強力なアーティストのバックボーンになりえる。

彼にその強力なバックボーンがある限り、常に「チャレンジする権利」が与えられているのだ。

 

そして現在、各メディアにおいて「米津玄師」はとにかく「数字」がとりあげられることが多くなった。

それは例えば「YouTube動画 1億回再生」だとか、「100万DL 史上最速記録」であるとか。

この流れはこの先も続くだろう。

なぜなら彼は「楽曲の振れ幅」によってメジャーな支持層を拡大しつつも、コア層の強力なバックボーンに守られている、いわば”攻守無敵”のアーティストだからだ。

そんなアーティストは他にいない。

仮に似たような楽曲を持つアーティストはいても、ここまで「魅せ方」に考えを巡らせているアーティストはいないからである。

まとめ:米津玄師が売れた理由は、「芸術性」と「商業性」の同居

彼の楽曲のクオリティと、そのバリエーションの豊富さに文句のつけようはない。

当然これが全ての大前提。

しかしその上で彼は、その「魅せ方」や「届け方」も知り尽くしている。

いわゆる”ファン心理”を客観的に捉え、熟知している。

 

もちろん、アーティスト活動の全てを彼ひとりで考えているはずはない。

しかし、「ハチ」から「米津玄師」までの流れを考えれば、その活動のほとんどに彼自身の意向が大きく作用している事は明白だろう。

「アーティストなのにダンスが上手い」、「ミュージシャンなのに絵が描ける」という表面だけを見ていては、きっと彼の本質は理解できない。

「なぜダンスを踊ったのか」、「なぜMVのイラストを自分で描いたのか」を考える。もっと言えば、「なぜMVで唐突にハイヒールを履いたのか」、「なぜ読み辛いとも思える本名を、アーティスト名として採用しているか」という細かいところまで"理由"を考えれば、なぜ彼がここまでのビッグアーティストに成れたのか、その理由もおぼろげに見えてくるはずだ。

「芸術性」と「商業性」が同居した人間。

 

つまり一言でいえば、米津玄師は天才。

苦しい時心を救ってくれた【いい歌詞】の歌 21選を唐突に公表する。

 

そして米津玄師の最も恐ろしいところは、この商業的な才能が、本人が持つ芸術性と「無自覚にリンクしている」可能性すらあるところと。

 

名前の読み方が初見殺しであるところ。

 

なにこいつおもしろすぎない?

おわり

 

*1:とても大事

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